大腸憩室炎が食事と便秘にこだわる理由

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大腸にできた憩室は一生治りません。だから上手に付き合う術を身につけるんです

このページは、「うんち.com」管理人たれ蔵のプロフィールだと思って下さい。

「うんち.com」は、大腸憩室炎の予防に効果のある便秘解消法を主題として情報を発信しています。なぜだと思います?

たれ蔵と大腸憩室の付き合いは30年。
その長い付き合いの中で、大腸憩室炎の予防には、便秘をしない快便生活がとても有効であることを身をもって知りました。加えて、快便生活を行うための食事管理です。

この情報を拡散して、まだあまり悪化していない方の予防策になればと考えているんです。

大腸憩室炎の激痛を経験した人なら誰もが2度と経験したくないと思いますよね。
炎症を起こした憩室の数で痛みの差はあるんでしょうから、皆が激痛とは限らないのかもしれませんが、少なくともたれ蔵は初回から激痛でした。

たれ蔵の場合には1回目の入院で、盲腸の近辺に数個の憩室が発見されました。
2度目の入院の時、痛みがあと数日続いたなら間違いなく炎症を起こしている憩室のある部分の大腸を切除していたでしょう。
担当の先生も、「もう切るしかないな…」って言ってましたから。
そう、大腸憩室炎の炎症が悪化して出血したら即手術なんですよ

大腸にできてしまった憩室は一生治らないことは知っています。
加齢とともに数が増えていくことも知りました。
だけど炎症を起こさなければ憩室は無害。痛みは出ないんです。

このサイトに書かれていることを実践すれば、大腸憩室の炎症が1/2とか1/3とかになるかもしれないじゃないですか。
たれ蔵は憩室と30年付き合ってますが、ここ10年は炎症を起こしていません。
憩室が発見されてからの苦しんだ20年がウソのようです。

まだ憩室が数個の方は当サイトの情報で便秘を解消することで発症が10年遅れるかもしれません。20年や30年かもしれません。

なにもやらなければ定期的に激痛が襲います。
簡単な便秘解消法を選んでいるので、ぜひ実践して、あなたの大腸憩室炎を回避して下さい。

20代半ばで腹部激痛 緊急入院した話

みぞおちの違和感が数日続き、徐々に下の方へ移動していきます。
排便量は極端に減り、出ても粘性のあるコロコロ便でした。

胃もたれ? 腐ったものでも食べてしまったのかも?とか、たいして気にかけずに仕事に行ってました。
そして夜、腹部全体に違和感が広がり、やがてそれは激痛に変わります。

はじめはお腹のどこが痛いのかさえわかりません。痛みの部位が特定できないほどの激痛。
2階の自分の部屋から階段を降りることさえもできないんです。
これはただ事ではないと思い、近所の胃腸科外科へ電話します。
時間は深夜。診察を断られたら救急車を呼ぶつもりでした。

幸いにも診て頂けるということで、弟の車で病院へ向かいます。

そして入院です。
一人では歩けないほどの激痛ですから当然そうなりますよね。

下痢やおう吐はしていなかったけど、食中毒だと思ってました。
痛みの中で数日間の食べたものを思い出し、何がいけなかったのかを考えていました。

絶食、点滴 ベッドから動けない

点滴入院初日から絶食です。人生初の断食。
点滴の針は手の甲に挿し24時間継続します。
おそらく抗生物質も入っていたのでしょう。

横になってもうつ伏せになっても痛みの度合いは変わりません。
唯一、仰向けで膝を立てると若干楽になるという感じでした。

トイレに行く時は点滴の吊り下げられたやつをガラガラと引いていきます。
点滴だけの絶食入院は3日目を迎えます。

その頃にはかなり痛みが緩和されていました。でもまだ食事は出ません。
痛みが治まってきたところで消化器系の検査が始まります。

胃カメラ、大腸内視鏡検査の苦痛

検査は上から始まりました。まずは胃カメラです。
当時は鼻から入れる細い胃カメラなどなく、マウスピースを加えた口から強引に胃カメラを入れられました。

苦しかったです。
涙ボロボロで悶絶してました。
途中で鎮静剤を注射されたことを覚えています。
胃カメラは2度とやりたくないです。

そして2日後くらいに大腸の検査を行うことになりました。
下剤は錠剤タイプのものでした。

肛門からファイバースコープを入れる説明を受けた日の夜、看護婦さんを通してシャワーの許可をもらいます。
当時のトイレはウォシュレット機能はありません。
毎日粘性の便が出ていたので、肛門周りがかなり汚れていることは自覚していました。
20代半ばのたれ蔵は、それをとても恥ずかしく感じていたんです。だからシャワーをお願いしたんです。

あいかわらず絶食で点滴が抜けない状態でしたが、なんとか許可をもらい1週間ぶりのシャワーで肛門周りをきれいにしておきました。

大腸検査当日。パンツを抜き、手術着のようなものに着替えます。
バリウム検査を行う回転台のわきに立たされ、男性の医師に大腸スコープを入れられます。

もちろん抵抗はしましたよ。だって怖いですから。
力を抜いて、とか何度も言われているうち、ニュッと肛門からファイバーを入れられます。
こうなるともう阻止できません。
どんどん奥まで入っていきます。

写真を数枚撮影したあとは、ファイバーを通してバリウムが注入されます。
ここからがまさに拷問でした。

今考えれば、肛門付近が風船のように膨らんでバリウムが肛門から出てしまうのを防いでいたのですが、その時はそんなことを考える余裕もなく、ひたすらに肛門に力を入れてました。
そして台に乗り、ぐるぐる回されます。
便意のような感覚を相手に、必死に肛門に力を入れ、ひたすら頑張りました。

検査が終わると大腸スコープを抜かれ、同室にあるトイレに駆け込みます。
大腸に注入されたバリウムを勢いよく噴射し、とりあえず安堵します。

着替えを終え、しばらくするとバリウムの第2波が襲ってきます。
トイレに入りスッキリしたあとにトイレットペーパーに鮮血が…
肛門が切れてますよ(汗) 切れ痔になってしまいました。

数時間後、診察室に呼ばれ見せられた画像はこんな感じ。

これはたれ蔵のものではないですが、こんなレントゲン映像を見せられ、こことここに憩室ができています、という診断を受けます。

この日から憩室持ちの日々がスタートします。

幸いにも痛みはかなり軽減し、おそらく10日前後で退院することができたと記憶しています。
消化の良い食事をとりなさいと言われ、数日間は素うどんとカロリーメイトで過ごしました。

2度目の入院 たれ蔵の大腸、危機一髪

そんな入院騒ぎから数年。
その間も全く痛みが出なかったわけではなく、4,5か月に1回は激痛に襲われます。
その度に病院へ行き、2週間分の薬をもらっていました。

ただこの薬は即効性は全く無く、痛み出すと1週間は仕事を休んでました。
内臓の痛みというのは尋常ではありません。

そしてついにその時は来ます。
激痛に襲われ、またいつもと同じか、と思っていたら、これが凄まじい痛み。
病院へ担ぎ込まれ、即入院。

初回の入院と同じで絶食から大腸検査です。
今回は2リットルくらいの下剤を飲まされました。

そして診察の結果、外科的治療が必要と…
つまり、毎回炎症を起こす憩室部位を切除する、って医者に言われました。
大腸の一部を切ってつなげる手術です。

ごねました。
手術は絶対に回避して欲しいと頼み込みました。
大腸を切るとか考えられませんでしたから。

そして、ごね得、というわけではないですが、もう少し様子を見てみるか、ということで手術を免れます。
そして痛みが軽減した頃に退院です。

定期的に襲う腹部の激痛

根本的に憩室が無くなったわけじゃないので、退院後も定期的に腹痛に襲われます。

そのたびに病院へ行き薬をもらってました。
もちろん、「大腸を切る」と言われた病院には行ってません。

2度の入院、2度の大腸検査で前のカルテがあるのだから、その病院へ行くのが最善策なことはわかっていますが、手術されるのが怖くて行けませんでした。

こんな事の繰り返しを約20年も行ってたんですからバカですよね。
手術しておけば、今頃こんな苦しみから解放されてたわけですからね。

でも、それでも手術は受けなかったんです。
たれ蔵は臆病物です。

10年以上発症しない解放感

そして現在。
結婚したたれ蔵の食生活は劇的に変わります。
嫁の手抜き料理が思わぬ幸運をもたらすのです。

それが毎日納豆でした。

おかずは作ってくれるのですが、毎晩納豆が出てくるんです。
きらいじゃないので良いのですが、とにかく毎日が納豆なんですよ。

そしてふと気づくと、定期的に出ていた腹部の痛みが出ないような?
あれ、もう何年も憩室の激痛がないような?

便秘も全く無く、毎朝の排便は数秒。
便意が来た時にトイレに入ると、一気にズドンと出てお終い。
力むこともなく、本当に数秒でおっきいバナナほどの便が出てしまいます。

まさに快便。
そして、そんな快便週間が憩室の炎症を予防しているかも?と思うようになり、とにかく便秘をしない食生活を意識するようになりました。

時はネット時代。
とにかく検索し、いろいろ試した中で今の食生活のスタイルに到達しました。
約10年間、大腸憩室炎は発症していません。
全ての人にあてはまるかはわかりませんが、確実に効果があることは実証されたと思っています。

大腸憩室持ちの方は、ぜひ当サイトの情報を参考にして頂ければと考えています。

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